【AIガバナンス構築 ステップ③】AI特有リスクの定義

1.イントロダクション
2.なぜ既存のセキュリティチェックでは不十分なのか
3.定義すべきAI特有の「6大リスク項目」
4.リスクレベルの判定基準(Low/Mid/High)の策定
5.まとめ
1.イントロダクション
「ガイドラインも作った。承認フローも決めた。これで完璧だ!」そう思って運用を始めた矢先、現場からこんな相談が来たら、あなたはどう答えますか?
- 「このチャットボット、たまに嘘をつくんですが、使っていいですか?」
- 「採用AIを使いたいんですが、女性を不当に落としたりしませんか?」
ステップ2で仕組みを作っても、中身である「リスクの判断基準」が空っぽでは、こうした問いに答えることができません。
- 「嘘をつく確率は何%まで許容するのか?」
- 「どのような状態を『差別』と定義するのか?」
これまでのITシステムであれば、「バグがあるなら直せ」「セキュリティホールは塞げ」で済みました。
しかし、AIは確率的に動くものであり、100%の安全は存在しません。だからこそ、自社にとって「どのリスクを、どこまで許容するか」という定義(物差し)が必要になるのです。
AIガバナンス構築のステップ3は、『AI特有のリスクの定義』です。
本記事では、
- 従来のリスク管理では捉えきれないAIの特性
- 必ず押さえておくべき6つのリスク項目
- 案件ごとのOK/NGを決めるためのリスクレベル設定について解説します。
曖昧なAIのリスクを言語化し、組織としての共通認識を作る重要な工程です。
2.なぜ既存のセキュリティチェックでは不十分なのか
多くの企業には既に「情報セキュリティポリシー」や「個人情報保護規定」があります。しかし、それらをそのままAIに適用しようとしても機能しません。
2-1.「0か1か」で判定できないAIの曖昧さ
従来のソフトウェアは、プログラム通りに動く決定論的なシステムでした。「Aを入力すれば必ずBが出る」のが正解であり、それ以外はすべてバグ(欠陥)です。しかし、AIは確率論的なシステムです。「Aを入力すると、80%の確率でBが出るが、20%でCが出る」といった挙動をします。この「Cが出る可能性」をバグとして排除するのではなく、「リスクとして認識し、許容できる範囲に収める」という発想の転換が必要です。
既存のセキュリティチェックシートにある「誤作動しないこと」という項目に「はい」と答えられるAIは存在しないのです。
2-2.従来のチェック項目では「社会的な影響」を拾いきれない
これまでのセキュリティチェックは、主に「ウイルスに感染しないか」「データが盗まれないか」といった技術的な安全を確認するものでした。 しかし、AIのリスクは「なんとなく差別的な表現をする」「他人の著作権を侵害しそうな絵を描く」といった、言葉のニュアンスや倫理観に関わるものが多く含まれます。これらは従来の「通信を暗号化しているか」といったチェック項目だけでは、どれだけ詳しく調べても見つけることができません。
3.定義すべきAI特有の「6大リスク項目」
では、具体的にどのようなリスクを定義すべきなのでしょうか。
3-1.精度・信頼性:ハルシネーション
生成AI最大のリスクです。事実ではないことを、さも事実のように自信満々に語る現象を指します。
- 定義: 出力内容に虚偽や事実誤認が含まれるリスク。
- 具体例: 存在しない判例をでっち上げて契約書を作成する、架空の成分を含んだ商品説明を書く。
3-2.公平性・バイアス:意図しない差別や偏見
学習データに含まれる社会的偏見が、出力に反映されるリスクです。
- 定義: 特定の人種、性別、年齢、属性に対して不当に不利益な扱いをしたり、差別的な表現を生成したりするリスク。
- 具体例: 採用AIが女性のスコアを一律に下げる、画像生成AIが医師を男性としてばかり描く。
3-3.セキュリティ:AIへの攻撃
外部からの悪意ある入力により、AIの制御を奪う攻撃です。
- 定義: 特殊な命令文を入力することで、開発者が設定した安全装置を回避し、不適切な出力や情報漏洩を引き起こすリスク。
- 具体例: 「開発モードになれ」と指示して、爆弾の製造方法を聞き出す。
3-4.権利侵害:著作権・商標権のリスク
生成物が既存の著作物に酷似してしまうリスクです。
- 定義: 学習データに含まれる他者の知的財産権を侵害する生成物を出力するリスク。
- 具体例: 有名キャラクターに酷似した画像を生成し、広告に使用してしまう。
3-5.説明可能性:ブラックボックス化問題
AIがなぜその結論に至ったのかを人間が理解できないリスクです。
- 定義: AIの推論プロセスが不透明であり、結果に対する説明責任を果たせないリスク。
- 具体例: 融資の審査でAIが「否決」を出したが、なぜダメだったのか顧客に説明できない。
3-6.プライバシー・データガバナンス:学習データへの流出
入力したデータがAIモデルの再学習に使われ、他者への回答として漏洩するリスクです。
- 定義: 機密情報や個人情報を入力することで、意図せず情報が拡散・利用されるリスク。
- 具体例: 顧客リストを要約のためにChatGPT(無料版)に入力してしまった。
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4.リスクレベルの判定基準の策定
リスク項目を洗い出したら、次はそれぞれの「強度」を測る物差しを作ります。
すべてのAI活用に対して厳格な対策を求めていてはビジネスが止まってしまいます。EU AI法のリスク分類などを参考に、3段階程度でレベル分けを行うのが一般的です。
4-1.【High】人命・権利・経営に関わる領域
最も警戒すべき領域です。原則として利用禁止、または極めて厳格な管理下でのみ許可します。
- 対象: 医療診断、自動運転、採用・人事評価、融資審査、犯罪予測など。
- 基準: AIの判断が人の生命、健康、法的権利、キャリアに重大な影響を与える場合。
4-2.【Mid/Low】業務効率化・補助的利用
【Medium】管理が必要な領域
- 対象: 顧客対応チャットボット、社外向けコンテンツ生成、コード生成など。
- 基準: 間違いが起きると信用毀損や権利侵害につながるが、人間のチェック(Human-in-the-loop)で回避可能な場合。
【Low】自由に活用できる領域
- 対象: スパムメールフィルター、社内会議の議事録要約、翻訳、アイデア出しなど。
- 基準: 間違いが起きても影響が限定的で、修正が容易な場合。
この基準を明確にすることで、次のステップである「個別の案件ごとのリスクアセスメント」がスムーズに行えるようになります。
5.まとめ
AIガバナンス構築のステップ3「AI特有リスクの定義」について解説しました。
- AIは確率的: 従来のリスク管理とは異なる視点が必要。
- 6大リスク: 精度、公平性、セキュリティ、権利侵害、説明可能性、プライバシーを定義する。
- レベル分け: 影響度に応じてHigh/Mid/Lowの基準を設け、メリハリのある管理を行う。
リスクを定義することは、AIを恐れることではありません。「ここまでなら安全、これ以上は危険」という境界線をはっきりさせることで、むしろ安心してAIを活用するための準備です。
次回は、この定義を使って実際にプロジェクトを審査する「ステップ4:プロジェクトごとのリスクアセスメント」について解説します。
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